NY不動産市場
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NYCの投資物件(下)全戸数の21%を日本人投資家が買ったコンドミニアムビル その後

ニューヨークのヘルズキッチン(Hell's Kitchen)に、日系不動産会社Rが日本人投資家に積極的に購入を勧めたコンドミニアムがあります。7階建て全155戸のうち、2019年7月31日現在、33戸を日本人投資家(その殆どは日本国内居住者)とR社が所有しています。R社が所有したのは最近で、過去に購入を仲介した日本人投資家から今年初旬に8戸も買い取った結果です。現在の家主の内訳と過去の売買を分析し、更にニューヨーカーの視点で周辺地域を検討すると、良い投資物件ではなかっただろうと考えます。

最大の教訓は何でしょう? 日系不動産会社の現在のビジネスモデルに依存した不動産投資ではいけないということと、リサーチの重要性です。

建物と沿革

そのコンドミニアムの名前は Nine52 、住所は 416 West 52nd St, New York(52丁目の、9th Ave と 10th Aveの間)です。1940年に病院として建てられ、2014年にディベロパー連合が買い取ってコンドミニアムに改装を始めました。2015年にGaia Real Estateが建物全体を $156 Million (約170億円)で買い取り、2016年9月頃に個々のユニットの販売が始まりました。

日系不動産会社Rは、これを「人気が高まっている地区の高級(しかしその割にお手頃な価格の)物件で節税にも最適」と謳い、日本人に積極的に斡旋しました。ここに2016年11月のR社による宣伝ページがあります。「若者に人気」「ホット」「カルチャー面で盛り上がり」「ニューヨーカーは知っている」「第2のチェルシー」「お洒落なコンドミニアム」「まるで新築のような仕上がりでありながら、築年数は47年以上のため、9年償却が可能な節税物件」(注:「9年償却」は誤りで、正しくは6年)という宣伝文句が見られます。(これらの記述の妥当性を後ほど検討します。)

家主(投資家)
Nine52 • 全155戸の内訳 (2019年7月31日時点)
日本人(一部は法人)が所有する戸数
25戸
16.1%
'19年2-3月に日本人家主からR社が買い取った戸数
8戸
5.2%
 計
33戸
21.3%

公開情報による。家主が日本人かどうかは名前、住所、その他の情報から推定。

過去に Nine52 のコンドミニアムを所有して現在は所有していない日本人投資家の記録は幾つもありましたが、一人と一戸の例外を除き、全て日本人に売却されていましたので、過去1年ほどの日本人投資家比率はほぼ横ばい(21%付近)です。

2つの特異な事象が指摘できます。一つは言うまでもなく、今年初めの時点で 21.3% ものユニットを日本人投資家(うち、数名を例外とする殆どが日本在住の投資家)が所有していたことです。裏を返せば、日本人投資家以外には人気がなかったということです。これらの日本在住の投資家は、ニューヨークの住宅事情には詳しくなく、R社からの情報に大きく頼って購入されたはずです。

R社による買い取り

もう一つ特異なことは、R社が今年、日本人投資家から8戸も買い取ったことです。下がその取引の詳細です。

買い取り記録

  • 全て2年前後でR社に売却されています。「(日本の税制の適用を受ける投資家の場合)6年償却が可能な節税物件」として Nine52 を購入した投資家が、これほど早くに費用をかけてまで売却することも奇妙ですが、売却先がR社というのも奇妙です。まるで、市場で買い手を見つけることを諦めて、すぐにでも売却できる先が欲しかったように映ります。なお、これらの投資家が同じ名義でNYの別の物件に投資した記録は見つかりません。
  • R社は、同じ場所の複数コンドミニアムを一気に購入したことで、資産流動性も、大口投資にとって重要なポートフォリオ分散(リスク分散)の概念も捨てたことになります。しかも、R社の従来からのビジネス手法は、自らの資本を使わず、日本人投資家に駐在員が多い海外都市の不動産を購入させ、その管理(テナント付け)を請け負い、駐在員など自社の顧客に貸し出して継続的な手数料収入を得るものでした。何故マージンビジネスから自己投資に変わったのでしょう。
  • Nine52 のコンドミニアムを購入したどの投資家も、米国の銀行から不動産ローンを借りた記録が見つかりませんので、殆どの米銀はこのビルディングを投資物件と分類して住宅ローンを出さないと推測できます。これら日本人投資家がコンドミニアムを売却する時も同じで、全額現金で購入できる投資家が現れないと売却できません。(日本人がR社から日本で借り入れしない限り。)物件価格が上がる見込みがないと買い手が現れにくいので、売却を希望する投資家には厳しい状況だと想像します。
  • R社への売却額が低いです。米国で不動産を売却する時には仲介手数料だけで売却額の5-6%がかかりますので、この売却益では賄えません。また、2戸だけリターンが年利4%台と、他より高いですが、これはご夫婦と思われるお二人のもので、他の投資家とは違う何かの要因があったために若干良い条件で売却できたと推察できます。残り6物件のリターンは、最高でも3.4%、最低は2.3%、平均3.2%にすぎません。
  • ユニット 510と 610 は、売り出しから間もなく購入されたもので、間取りに問題もありませんので、これらの購入価格が他より低かった主な要因は購入時期のせい(売り出し時ほど安い傾向がある)と想像できます。それにも拘らず、R社による買い取り価格は購入価格に対して年利で各 2.3% と 3.0% しか上乗せされていません。
  • とは言え、R社が8戸(しかも全てが1ベッドのユニットです)を買い取らなかったら、もう少し値崩れした可能性があります。

取引の記録をこのように分析すると、Nine52は投資家にとって良い投資物件ではなかった結果なのでは、と考えざるを得ません。

Nine52 の物件価値

節税効果は別として、1億円超で購入したこれら1ベッドのコンドミニアムが、いくらの家賃で貸せたかを調べました。売却益が期待できない分、家賃収入が十分なくてはなりません。

  • 家具なしの1年契約の場合、$3,700 から $3,800 が中心。
  • 直近では、投資家が2018年6月に $1.36 Million で購入した 827 ft²(かなり広めです)のユニットが、家賃 $3,950 で契約されました。
  • 家具付きの短期契約の場合、$5,400 から $5,500

R社を含む日系不動産会社複数は、物件管理(テナント付け)を行い空室リスクも負う代わりに、これらの市場価格よりずっと低い値段で投資家からコンドミニアムを借り上げます。家具付き「サービスアパート」は市場に出ている家賃が高いですが、空室が頻繁に生じるので収益は下がり、最近はサービスアパートメント専門の会社が急増しているため、投資家が十分な収益を得られるのか一層疑問です。それでも、期間1か月から貸して良いルールのコンドミニアムは数少ないので、R社はこれを駐在員向けの「サービスアパート」として使いたかったはずです。

税金やコモンチャージの支払い後、投資に見合う家賃収入が残るでしょうか。R社は Nine52 の想定利回りを "1.3-1.6%" としていますが、それが実現できても、近年のNYCの物価上昇率より低い利回りです(※)。 前回のコラム 《 NYCの投資物件(中)「ゴースト・タワー」~ 投資物件の収益性、コミュニティー意識 でもご説明しましたが、投資用コンドミニアムビルディングの中では、同種のユニット同士の貸し出し競争になりがちで、家賃を上げることが難しいのです。

※ 2019年6月までの1年間において、NYCおよびNJ州都市部の消費者物価指数は 1.7% 上昇し、食料品を除いた上昇率は 2.2% でした。

左:52nd St、Nine52前 中:Nine52正面 右:52nd St と 9th Aveの交差点
Nine52 周辺地域の印象

ニューヨーカーは Nine52 の周辺地域をどのように認識しているのでしょうか。借り手の視点で検討すると、このコンドミニアムを選ぶ理由が現在見当たりません。

  • Nine52 の周辺は、Hell’s Kitchenといってもその南部や西部と違って、まだ開発が遅れたエリア。建物の前の通りは、通行人も雰囲気もぱっとせず、その日に回収されないゴミ袋がたくさん放置されていることが多い。
  • 学童がいるアメリカ人の平均的家庭がこの周辺を選ぶことはまずない。
  • 子供の有無を問わず、住居と同じくらい周辺の住環境を重視しがちなアメリカ人は、このエリアを好まないことが多い。
  • 周囲には「ウォークアップ・ビルディング」と言って、エレベーターがない低層の住宅も多い。
  • 予算が$3,800なら、Hell’s Kitchenの中央や南、またはMidtown Southに、高級でアメニティが充実した賃貸専用住宅を探せる。それらはコンドミニアムと違って審査に高額の手数料(一般的に$1,500以上)がかからないため、総費用はもっと少なくて済む。
  • 飲食店は確かに多いが、クオリティのばらつきが大きく、店周辺の臭いの問題もあるので、今存在する飲食店がこの地域を選ぶ強い動機にはなりにくい。

もちろん徐々に発展するのだと思いますが、Nine52 の償却期間(6年)と比べて、周囲の発展速度は非常に遅いのではないでしょうか。貸しにくさを理由に日本人投資家が撤退したとしたら、それは頷けます。

R社が宣伝に使った様々な文句には明確な根拠がなく、「投資家に買わせたい」という考えありきで書かれている点で、事情をよくご存じない日本在住の投資家に対しては特に、良心的な販売方法ではないと考えます。「第2のチェルシー」という言い回しも聞かず、少なくとも一般的ではありません。また、「若者」といった年齢を示す言葉を広告に使うことは、根拠がない以上に差別に当たるので法律で禁止されています。

教訓

以上の分析や観察を踏まえつつ、当チームの意見を交えて総括します。

  • Nine52 に投資した殆どの日本人投資家の投資目的が減価償却による節税だと推察されますが、貸しにくく、売却益も望めない、と判ると、一部の投資家が撤退を考え実行に移すのは自然です。
  • 日本の税制に従って減価償却すると、もし購入した価格でしか不動産を売却できなくても、それまでに償却した金額が売却益として計上されます。米国の税制の適用を受ける人であれば、同種の不動産に再投資することで売却益を繰り延べできますが、日本在住の投資家にはそれができないので、エグジット時に相応に税金が発生します。節税はあくまで単年で取れる対策と考え、長期的に米国内の資産を運用する予定なら、ニューヨークの不動産についても中期的にリターンを生む投資に転換する必要があります。

    註: 日本の海外不動産投資に関する税制が変更され、「節税スキーム」が使えなくなるのではないか、という懸念があります。(発端は 2016年 に会計検査院が内閣に提出した「平成27年度決算検査報告」。) 今から減価償却による節税を狙った不動産投資を行うのは、リスクが大きいと考えられます。
  • Nine52 のコンドミニアムを早く売却したい日本人投資家は、他に何人もいると想像できます。
  • 日本人投資家が Nine52 に集中したことは安心材料では全くなく、単に日本人以外にはあまり人気がないと考えるべきです。
  • 投資先物件を決める際、土地勘がない方はなおさら、ニューヨークに長く生活してかつ公平な視点を提供できる不動産エージェントを起用するべきです。投資家に特定の物件を買わせようとする不動産会社の勧めに乗ってはいけません。それらの不動産会社は、あなたの投資物件を自分たちの利益のために使いたいのです。(Nine52の場合、駐在員の住宅手当の範囲の家賃で貸せたというのが、恣意的売り込みに繋がった一つのポイントです。)
  • 主たる住居としてでなく投資物件として買われるユニットが多いコンドミニアムは、現金でしか購入できない場合があります(理由は本文中段をご参照)。市場環境の変化により不動産価格が低迷すると、不動産のなかでは真っ先に買い手が見つからなくなることを認識する必要があります。
  • 日系不動産会社少数の現在のビジネスモデルに依存した投資では、それが環境の変化でうまく行かなくなった場合、投資のシナリオを立て直せません。実際、R社はテキサス州ダラスでのサービスアパート事業を最近止めました。サービスアパートを使うよりホテルの方が断然安く、予算がある大企業でさえそれらを全く使わなかったからです。


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