ニューヨークのオフィスビルの人気の変化と企業の移転 ~ ミッドタウンの空洞化は住宅人気に波及か
アメリカの都市部のオフィスビルの空室は、パンデミックの発生以降、2023年の現在も広がっています。企業が必要なオフィスの広さを見直している結果です。使い勝手が悪い古いオフィスビルが選別・淘汰されて空室が増えています。ニューヨークでそういった古いオフィスビルが多い場所にはミッドタウンやソーホーなど色々ありますが、とりわけ、現代ではプライムロケーションとは言い難くなってきたミッドタウン・イーストでは、オフィスの空室増加がレストラン業や小売業に悪影響を与えています。いずれ住宅人気にも波及する可能性があります。
2023年3月21日公開
オフィスの空室はこれからも上昇する見込み
2022年12月のマンハッタンのオフィス空室率は、ある商業不動産仲介会社<A>のデータによると 22.2% で、前年の20.4%から上昇しました。(別の会社<B>による調査では 18.8% です。)
一方で、マンハッタンのオフィスワーカーの平均出社率は50%付近で停滞しています。曜日により出社率に上下はありますが、もしフリーアドレス制を部分的にも導入すればスペースを節減できる企業は多いと思われます。

パンデミック以後の労働力不足を背景に、経営者は社員に毎日出社を義務付けることは難しいと考えているようです。空きオフィスの割合が20%前後で収まっているのは、そういったニューノーマルへの企業の対応が遅れているからだと言えます。今後、企業が働き方と必要なオフィスの広さの両方を見直すにつれ、20%と50%の差は歩み寄る形で縮まるはずです。
オフィスビルの人気の差が拡大
オフィス需要が平均的には減退する中で、魅力ある物件には当然人気があり、そのしわ寄せは一部の物件の不人気として表れます。今のトレンドは、古くて不便なオフィスビルから、新しく、機能的で、開放的かつエコ・フレンドリーで、場合によっては福利厚生的なアメニティも利用できるオフィスビルに移ることです。オフィスのダウンサイジングに伴って新しいスペースを探す例もあれば、広さを維持したまま新しいオフィスに移転する場合もあります。そして、新しいオフィスに著名な企業が入るとそのブランドイメージが加わり、法律事務所などを引き寄せ、高級レストランが増え、新しい経済圏が作り上げられます。反対に、企業がいなくなるエリアではどうなるでしょう?
グランドセントラル駅の北の地位低下、再開発にも課題あり
2023年1月、レストランチェーン Hillstone の、53丁目&サードアベニューのお店が閉店しました。1999年頃に営業を開始して以来、パンデミックまで一貫して高い人気があったようです。テーブル数が多いにも拘わらず昼も夜も通常の時間帯は満席で、予約が可能になった2010年代中頃までは1時間程度待たされることが良くありました。近年利用したのはもう一つの店舗だったので気付きませんでしたが、グランドセントラルの北側の環境がそれほどまで大きく変わっていたことを、この閉店によって思い知らされました。Hillstone グループの声明にもこの状況が読み取れます。「パンデミック後のニューヨークシティで、人々の生活や仕事の仕方が大きく変わったことにより、レストラン業界を取り巻く環境が以前と同じではなくなってしまった。サードアベニューの店舗のリソースをもう一つの店舗に集約する。」



閉店した最大の背景は、オフィスの空室率の増加です。このサードアベニュー沿いの42丁目から59丁目の間には、1950年代から80年代に建ったオフィスビルが多く、しかも大きなアップグレードがなされていないため、時代に取り残されていました。そこにパンデミックが発生し、この地域のオフィスは競争と選別に負けました。一帯のオフィスの空室率は、先のB社の調査では 29% に達しています。これにより、オフィスワーカー同士の利用、仕事上の会食、仕事終わりにプライベートで利用する機会が他のエリアより減少したと考えられます。
このエリアには中途半端に古い大きな箱型のビルが密集しているため、使い勝手の悪さに加えて、窓から奥まった陽当たりの悪い部分が多いという欠点もあります。一つの解決策として、一部のオフィスビルはガラス壁を取り入れた全面的なリノベーションを行っており、それで需要が回復するかどうかが注目されています。
もう一つの解決策は住宅へのコンバートですが、大型のフロアを住宅用の広さに分割すると、窓から距離がある部屋の採光が悪くなるため、住宅には不向きなことがあります。また、ゾーニング(建物の利用目的規制)によりオフィスにしか使えない土地や階があり、それらをコンドミニアムや賃貸住宅にコンバートするには市当局や地域住民が参加してゾーニングを見直すことが必要です。これらの事情から、ミッドタウン・イーストの地位低下をくい止めることは簡単ではありません。
下の表は、A社のデータに基づき、ミッドタウン各地の空きオフィス面積と割合を示したものです (棒グラフの紅色が空きオフィスの広さ、折れ線グラフが割合。B社の数字とは異なります)。上に取り上げたサードアベニューの一帯は、右端の "East Side / UN" エリアの一部です。その南のグランドセントラル駅周辺では、空きオフィスの面積が非常に多いことが分かります。なお、ミッドタウンで空きオフィスの割合が少ないのは、ロックフェラーセンター(6th Ave)周辺とパークアベニューに限られます。

企業に人気の移転先は?
人気の移転先の一つはファイナンシャル・ディストリクトの One World Trade Center で、2022年3月に入居企業が一つ加わり、入居率が95%に達しました。新しく、ニューヨークで最高峰の建物にオフィスを構えているというアイデンティティが得られる上、ヨガスタジオやカフェがあって快適に過ごせることが訴求力です。入居企業の一覧を見ると、出版・放送・デジタル配信などのマスメディア各社はダウンタウンやブルックリンのクリエイティブ企業との近さが利点になりそうですし、民間格付機関や保険会社はダウンタウンに残る他の金融機関や公的年金基金との近さがあります。また、2023年は 3 World Trade Center に、チケット販売大手の StubHub がミッドタウンから移転します。

1 World Trade Center 64階のスカイロビー。セントラルパーク手前の高層ビルまで遮るものなく見渡せる
もう一つ高い人気があるのはハドソンヤーズの新築オフィスビル群です。ミッドタウン・イーストに本社ビルを持つファイザーが、建設中の下の新築ビル ”The Speyer” に移転します。建物の外周を階段状にめぐるテラスがあり、明るさも魅力的です。ミッドタウンのサードアベニューにある大手法律事務所もここに移転します。このエリアの他の新築オフィスビルには、KKR、Blackrock、Wells Fargo、あるヘッジファンドが間もなく移転します。既に Accenture、E&Y、複数の法律事務所、Ci Siamo に代表されるレストランで90%以上埋まったオフィスビルもあり、ビジネスや人を引き寄せる仕掛けが機能し始めています。

The Speyer の低層階にファイザー本社が移転する

以上の情報をマンハッタン内の居住者人口が増えているエリアと比較すると、大部分は一致しますが、一致しない部分に皆さんの関心が向かうのではないでしょうか。昔出来上がった住宅街は、住宅地としては実はそれほど人気がありません。今住宅として人気があるのは、職住近接が実現でき、様々なお店もそれなりにあるなど、生活しやすく便利なエリアです。詳細は下のコラムから。
パンデミック後のNYCはマンハッタンと隣接エリアに人口流入、ダウンタウンが特に人気(郵便番号データで解説) (2023年1月公開)

Reference
- Bloomberg. New York City’s Empty Offices Reveal a Global Property Dilemma. 9/25/2022.
- Cushman & Wakefield. MarketBeat.
- Savills. New York 2022 Q4 Marke Report.