ニューヨークの賃貸物件 中途解約時の違約金事情
2025年5月21日 最終更新
日本企業や日本政府(系)機関がニューヨークに派遣する職員に支給する住宅手当は、多くの場合でニューヨークの住宅事情に適した設計になっていません。雇用主には、中途解約にかかる違約金の扱い、派遣期間(年単位か否か)、求められることが増えた家賃保証料の負担、仲介手数料への手当を再検討することをお勧めします。これらの事項に触れながら、ここではNY賃貸物件での違約金をめぐる事情を詳しく解説します。雇用主だけでなく、賃貸住宅をお探しになるご契約者の皆様にも参考にして頂きたく思います。
中途解約の方法
ニューヨークの賃貸物件の契約期間は、原則として1年か2年です。契約期間半ばで退去するには、家主に解約に応じてもらうか、不動産会社を使うなどして契約を引き継いでくれる人を見つける必要があります。
解約できる場合、殆どの物件で家賃2か月分から3か月分の違約金が、また少数の物件では1か月分の違約金が発生します。実際に、日本企業の駐在員が多数ご契約の大手賃貸会社の物件(他社が仲介した場合を含む)でも、解約には事前の通知期間の定めに加え違約金が必要という条件になっています。違約金が不要な物件はごく僅かです。
ニューヨーカーの多くは、解約するのではなく、契約を引き継いでくれる人を探します。その方が安く済む見込みがあるためです。日本のお客様の多くは手間や不確実性を嫌って解約を好まれます。
- 1年目の契約に解約条件を盛り込める賃貸物件はかなり少数です。
- 2年間から解約が許される物件でも、その条件を契約別紙 (Rider) に盛り込んでもらえる場合と、そうでなく現状の解約条件を説明されるに止まる場合があります。
- 契約時に解約条件を明らかにせず、契約更新時に管理会社のマネジメントオフィス(つまり貸出業務の担当と異なる)が都度検討とするところもあります。この場合も、違約金が発生する可能性が高いですし、賃貸市場の変化や所有者の変更が起きれば方針が変わる可能性があります。
- 交渉により違約金が不要とされたり減額してもらえる場合は、仲介料を家主が負担しない等、交換条件を提示されることがあります。
- 違約金が原則不要な賃貸住宅も例外的に存在しますが、それを契約に記すことは拒否される物件もあり、解約時のマーケット状況により変わる可能性が残ります。
- 繁忙期にのみ違約金付きで解約を認め、閑散期 (典型的には10月から3月の間) は解約不可とする賃貸住宅がそれなりの数に上ります。
- 解約を一切認めない賃貸住宅も多数存在します。
- コンドミニアムの場合、解約条件の決定は個人家主との個別交渉になるため、例えば家賃を高めに払ったり解約時期を限定することと引き換えに、賃貸専用物件と比べて柔軟に解約できるケースがあります。
なお、賃貸契約(通常1年か2年契約)を結ぶ際に、もしその契約を更新した場合について更新後の解約条件を予め定めることはできません。
2019年6月に改正された、NY州の賃貸に関する法律によれば、解約時に貸主は次の借り手を探す義務を課せられました。しかし、家主の責任範囲を定量化することは困難ですし、少なくとも退去する日までに次の入居者が決まらないのであれば、貸主が違約金を請求する理由になると考えられます。(コラム『ニューヨーク州 賃貸に関する法律の大幅改正:全賃貸物件への影響も』)
違約金を請求されることの合理性
僅かにせよ違約金が不要または家賃1か月分で済む物件があるなら、2か月分・3か月分もの違約金は非合理でしょうか? 1年以上お住まいになった方にも家賃3か月分の違約金ですと流石に多い気がしますが、2か月分は少なくとも非合理とは言えなさそうです。むしろ、次のような経済合理性があります。
- 賃貸住宅の殆どが1年毎の契約を前提として家賃を決めています。中途解約を容認すると、家主には次の入居者が現れるまでの逸失利益が生じるだけでなく、清掃費用や次のテナントを募集するための広告費用、契約までの人件費等が、予定より早く発生します。
- ニューヨークの賃貸住宅市場は晩秋から春先までが長い閑散期で、賃貸住宅の申し込み者が大きく減少します。その期間に解約が起きると、次の入居者が決まるまでに長い時間がかかります。しかも需要が少ないので他との競争上、家賃を下げなければならず、契約によりそれが1年間続きます。
つまり、1年単位の契約を前提とした家賃は、その条件の下で賃貸物件同士が競争した結果であり、早期解約により生じるコストは(正当に)解約者に転嫁されています。仮に違約金なしで解約を許容する物件が増えると、そのコストは解約をする・しないに関係なく全契約者に家賃という形で転嫁されるしかなく、ニューヨークの家賃は今より高くなっているはずです。実際、解約条件が緩めの物件は、家賃が他より高めであることが多いです。
解約条件の「交渉」が現実的ではない理由
日本からいらっしゃる方から、「解約条件を交渉してほしい」とご希望になることが時々あります。日本政府が海外に派遣する職員に配布するガイダンスにも「違約金等が発生しないための条件を家主と交渉しましょう」との記載があるようです。しかし、少なくともNYCでは、中途解約の条件を「交渉」できる物件は少なく、それに期待することは現実的ではありません。理由は次の通りです。
- 交渉とは、相手にも弱みがある際に、条件の交換を経て成立するものです。たいていの方がおっしゃる「交渉」は、一方からの「お願い」に過ぎません。ニューヨークの不動産賃貸市場は、空室率が非常に低い、圧倒的な貸手市場であり、貸主が解約条件で折れなくても、他の借り手がすぐに見つかります。
- 前段の "違約金を請求されることの合理性" でご説明した通り、中途解約が起こると貸主の賃料収入が早く絶たれるだけでなく、繁忙期を外れた時期であれば、家主の経済的損失が後々まで膨らみます。
- 解約による貸主の経済的損失を相殺するためには、貸主が解約条件を譲歩する代わりに、毎月の家賃を上げる解決策が考えられます。このような交渉は、個人投資家所有のコンドミニアムの賃貸に申し込む場合なら実現する余地がありますが、NYCでは大手企業が所有する賃貸専用住宅が多数です。その中には、市が毎年の家賃の上昇率を規制した 'rent-regulated' の賃貸専用住宅が多数あり、駐在員がお選びになる比較的新しい賃貸ビルの多くもそれに該当します。家賃の上昇率が制限されているということは、個別の借主との交渉のために家賃を法定より上げることが禁じられているということです。また、大手賃貸会社所有の賃貸専用物件では、通常、本部が家賃を決め、末端のリーシングエージェントにはそれを変える権限がありません。
違約金を誰が負担すべきか
雇用主が派遣期間を年単位でなく不規則に決めているのですから、雇用主が違約金を負担すべきです。
雇用主が違約金を負担しないために起こっている弊害
少ない違約金で解約できる賃貸物件は、家賃が比較的高めの大手賃貸会社のものか、日本人駐在員には若干審査が甘い一部の大手賃貸会社のもの (左の削除理由: 以前は、物件を探しているのが日本人駐在員だと知ると掌を返すように「中途解約条項を入れられる」と返事を変えた大手賃貸物件がありましたが、最近確認すると解約不可とのことでした。他にも、日本人駐在員への僅かな優遇が消えたと思わせられることがありました)、柔軟に対応してもらえる余地がある投資家所有物件に限られます。その中で、住宅手当の範囲に収まる家賃であること、通勤の便が良いこと、さらに室内洗濯機をも条件とされると、選択肢は極めて少なくなります。その影響もあり、非常に多くの日本人駐在員がニューヨーカーには人気がないエリア(注:もちろんそのエリアの利便性などが優先するとお考えであれば全く問題ありません)の特定の大型賃貸物件にお住まいになっています。
そういった物件を避けるために、やむを得ず違約金が高くてもご希望エリア内の物件をお選びになるお客様もいらっしゃいます。しかし、それは手当が全般的に厚い企業の方でないとできない選択です。
他社の営業トークの問題点
日系不動産仲介会社の多くが、中途解約条項を設定したり違約金を無しにすることは簡単だと日本企業に宣伝し、お客様に誤った認識を長年刷り込んできました。2019年9月にも、ある日系大手仲介会社の米国子会社の社長が、日系企業向け月刊紙の中で違約金について次のような主張をしています。(この会社のある新サービスを宣伝するポジショントークであることにもご留意下さい。)
解約時に契約を引き継ぐテナントが見つからない限り、「本来払わなくてよいはずの違約金」というものは普通ありません。何故なら、テナントが家主に通知するだけで中途解約を認める契約文書はニューヨークではデフォルトでは使われておらず、解約が許容される場合はその条件(違約金や通知期限)を別紙に追加して定めるからです。それがない場合は、契約期間終了まで家賃を払い続けるか、代わりの入居者を見つけるしかありません。
また、違約金なしに解約できると別紙に定めることが不可能とは言いませんが、そのような物件は稀ですし、そこまで解約条件を気にする雇用主が契約を「精査していない」ことはあり得ません。実際、この日系仲介会社がある大手賃貸会社の物件を仲介した時の契約別紙を見ると、解約予定日の月の月末から数えて60日以上前に通知した上で、家賃1か月分の違約金が必要となっています。通知日が月末を超えるとその月の家賃は別途全額負担となるため、違約金と家賃の合計が最大で家賃の3か月分かかります。しかもこの契約別紙は、借り手に解約する権利を認めたものではありません。中途解約を認めるかどうか決める権利を有するのは賃貸会社であり、認めてくれる場合もそこに定めた違約金を支払うことが条件、という内容なのです。ニューヨークの貸主の強さがお分りでしょうか。
日系仲介会社は違約金をなしにできていないどころか、解約条項をつける交渉もうまく行っておらず、次のような実例を見聞きします。この社長が述べるような、日本企業・政府の派遣職員に好都合な契約は大多数の場合で不可能であることを自ら示しています。
- 日系不動産会社複数が、2年契約の途中で退去されたお客様の契約の引き継ぎ手をマーケットで募集しているケースを、このコラムを執筆した頃だけで2つも目にしました。それらの場合、引き継ぎが決まるまでご契約者が家賃を払い続けます。また、2つのうち一つは解約を認めないポリシーの賃貸物件でした。
- 雇用主が求める解約条項を付けないまま契約することが度々起こっています。ある企業はそういった問題もあって、同財閥系の日系不動産会社との取引を打ち切りました。
- 契約一年目に交渉して解約条項を付けても、契約更新時に同条項を付け忘れることが起こっています。
日系他社は最近説明を完全に変更 ~「中途解約は一般的でない」 「NY市内では1割にも満たない」
上に挙げた大手日系不動産仲介会社は、2022年10月になって、中途解約についてのお客様への説明を従来と正反対なものに変更しました。
同社のウェブサイトには「特約があって解約は簡単」と謳ったページ (2016年初出)がしばらく掲載され続け、矛盾を起こしていましたが、2023年2-3月頃に削除されました。このページ以外でも、同社は様々な場面で「賃貸契約の中途解約は簡単、違約金なしでの解約も可、弊社が交渉します」と宣伝してきましたが、その説明が虚偽だったことを意味します。「中途解約は容易ではなく、基本的に違約金が必要」という真実が広まって説明がつかなくなったのかも知れません。長い間、企業が飛びつく現実離れした宣伝を行ってきた罪は大きいと言えましょう。
住宅手当制度をニューヨークの不動産事情に合わせて再設計する
賃貸契約の中途解約において、違約金の発生が普通であり、賃貸契約更新後の解約条件を事前に合意することも普通は出来ないことから、雇用主が違約金を負担するべきです。その際、負担する違約金の上限が家賃1か月分ですと、家賃の価格帯によっては選択肢があまり増えませんが、上限を家賃2か月分とすると対象住宅を多数確保できます。
また、現在、米系不動産仲介会社の多くなら無料か家賃1か月分で仲介できる賃貸住宅について、日本企業は日系不動産仲介会社に年間家賃の 12-15% の仲介料をお支払いです。仲介会社は、家主が仲介料を負担する場合、借り手にその事実を開示する法的義務がありますが、複数企業の人事部や政府系機関の方からお話を聞くと、日系仲介会社はそれを行っていません。
以上のような再設計により、これまで他社にお支払いの高い仲介手数料を、駐在員の方々の住宅の選択肢を広げるという本来の目的に使うことができます。家賃が今より若干低い高品質物件(例えば、違約金が2か月分必要だが、違約金が1か月分で済む物件と比べて家賃が低く、品質は同等の物件)も選択肢に入れば、月々の住宅手当を抑制できると考えられ、雇用主にもメリットがあります。また、ご駐在の方は、より安全なエリアやご希望の学校区の物件を選びやすくなります。ニューヨーカーが選ばないエリアにはそれなりの理由があります。
ある日本の大企業では、異動時期が年に一度の特定の時期と決まっているため、解約条項を気にする必要がなく1年毎に契約を更新されます。
また、赴任期間が12か月単位でなくても予め決まっていれば、始めからその期間の契約ができる物件や、将来の柔軟性が見込まれる物件をお探しします。